海外赴任

【実録】海外駐在の心配が消えたたったひとつの理由【3ヶ月悩んだ】

6月 9, 2020

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家族と海外赴任

わたしたち家族が、タイに住みはじめて3年目に入りました。まったく、ドメスティックに暮らしてきた我が家にとっては、海外駐在員なんて当初は現実味のない話でした。
そんなが我が家が、どのようにして海外駐在となることを受け入れたか。それから、どうやって駐在になる不安を乗り越えてきたかをご紹介します。
駐在の辞令を受け取り、家族でどう話し合ったらよいかお悩みの皆さんになにかのヒントになれたらと思います。

海外駐在員になるってどういうこと?

私がタイへの赴任を言い渡されたのは、2017年のお盆休みが明けた頃の頃のことでした。
突然、当時の部長から呼び出され「はい」と手渡されたのが海外プロジェクトの準備室という部署への異動通知でした。
弊社では、通常海外赴任の際は一旦現在の業務から外れ準備の時間を取るためこのような形を取ることが多いのです。この部署へ異動するということは、9割以上海外赴任ということになります。
準備室への異動は通知から3週間後、タイへの異動は現地と調整するようにというざっくりしたものでした。

海外赴任を言い渡された日 帰宅後の話し合い

国内での異動は何度か経験していました。ですが海外赴任は始めてのことです。わたし自信も寝耳に水、青天の霹靂だったのですが、妻にしてみれば全くのノーマーク。考えても見なかったことで、第一声は「(あなたひとりで)いってらっしゃい」でした。
正直いってはじめは単身も覚悟していたのですが、どうせなら家族帯同での駐在生活の方が楽しいんじゃないかな?と切り出しました。
妻は居残りたい、わたしは帯同したいと真っ向から意見が割れました。
そこからは、夫婦のの話し合いの日々が1ヶ月ほど続くことになります。
妻の心配は、おおむね次のようなことでした

海外駐在になったとき 子供の教育のこと

はじめに妻の海外駐在に対する不安の第一番は、子どもたちのことでした。
当時、上の子は小学3年生で下の子は幼稚園の年小さんになったばかりです。上の子はピアノに打ち込んでいて、ようやく好きなことを見つけて学校も放課後も結構充実していました。
下の子などは幼稚園にようやく慣れて来た頃です。まだまだ幼くて、夜はおむつも取れていないような状態でした。
現地の学校は?幼稚園は?通学はどうなるのか?
「銭金じゃねぇ〜んだよ!ちゃんと教育受けられるのかよ!安全なのかよ!」
というのが、妻の気持ちだったと思います。そういう風には言いませんでしたけどね。

海外駐在になったとき 現地での生活のこと

赴任が決まる前は、海外出張にもよく行かせてもらっていたのですがどういう理由かタイだけは行く機会がありませんでした。結局、赴任する日がはじめてのタイということになりました。
ですから妻との話し合いで、タイの生活はどうなんだと言われても、わたしは全く答えを持っていませんでした。
周りのタイ経験者に聞いてみるところでは、日本的なものは手に入りやすいから大丈夫とは聞かされていました。
「なんか、大丈夫らしいよ」
この言葉が、妻としてはどうしても引っかかったようです。
「大丈夫」って奥様目線での大丈夫と、旦那目線での大丈夫は全く違うと。
住居はどうなんだ、お水が飲めない国らしいけど、肌が弱いから食器洗剤はお気に入りのやつじゃなきゃだめ、っていうかタイ語できないし。
と、ますます妻の不安は募るばかりでした。

家族帯同で赴任することにした決め手

まだ見ぬものに感じる妻の不安を解消することは、いくら言葉を尽くしても難しい物がありました。結局、妻の不安が解決されるのはタイでの生活を始めるのを待つことになりました。だって、見たこと体験したことないことが不安だ不満だというのですから体験すること以外、それを払拭することなんて出来ないですね。
じゃあなぜ、妻はタイ行きを決意したのか。
それは、「タイでの生活が、きっと子どもたちの将来に大きな経験になる」というに考えるようになったからでした。
タイなんて、英語圏でもなければ、生活様式だって日本式が通じるから大した経験にならない。そう思っている方もいらっしゃるかもしれません。ですが子どもたちにとっては、ものすごい経験です。
確かにタイに住んだからといって、今すぐに子どもたちに何か大きな変化があるとは思っていません。
だけど外国人として、異文化の中に暮らしたことそれ自体が日本人独特の外国コンプレックスを払拭して「根拠のない自信」を作ってくれるのではないかと思います。

「根拠のない自信」が身を助ける

レジリエンスという心理学用語があります。外的な衝撃でも、折れずにしなかやかな精神で立ち直る力というような意味です。このレジリエンスを鍛えることのひとつに、「根拠のない自信」を持つことがあるそうです。
子どもたちの将来にとって、今回の海外生活というのは多少なりとも「根拠のない自信」を持つことにつながってくれるのではと考えています。
そして3年目のいま、実際に子どもたちにはそのような兆候も見られるようになってきました。
ただ赴任前のこの時期は、まだそのような確信はありませんでした。ただ漠然と子どもたちは、あたらし環境で新しいことにチャレンジしては成長してくれるはずと信じているだけでした。

妻が準備したこと そしていまになって助かったこと

さて、赴任する日に向けての妻といえば、相変わらず不安と戦っていました。不安と戦うために、生活必需品を買いまくっていました。
4年の駐在期間で困らないようにと、消耗品や生活必需品を中心にアマゾンやネットスーパーで箱買いです。手荒れの心配があるからとお気に入りの食器洗剤お徳用2L入を1ダース、わたしのすきな九州のさしみ醤油と普通の醤油をそれぞれ2ダース、麦茶のパックは100袋、子供の靴4年分✗2人分、子どもたちが気に入って使っている水筒のパッキン・・・。
よくそこまで気が付くなというものまで買いに買いまくりました。本当に、日用品消耗品ばかりで100万円は買ったと思います。
家の廊下は、あっという間にダンボールで埋まってしまいました。ですが、あえて止めることはしませんでした。
そんなもんタイでも買えるさなんて、無粋なことは言ってはいけません。
妻は生活を守りたいという思いと、自分の不安を落ち着かせるためにやっているわけですから。それによく見ると、妻自身のものはほとんど買ってませんでした。すべて家族のためのもの。こんなときも家族を優先してくれる妻には、本当に感謝です。
こぼれ話ですが、そうやって買ったものの中に日本製の使い捨てマスクが大人用子ども用ともに大量にありました。今回のコロナ禍で、我が家が異国の地でマスクパニックにならなくて済んだのは完全に妻のおかげです。

関連記事:【初めての海外生活】タイ駐在が決まったらやること (準備編)

かれこれ3年目のいま

そんなこんなで、不安だらけのまま赴任してきたわたしたち家族4人です。
あれから、かれこれ3年目になります。
子どもたちはふたりとも、日本人学校に通っています。いまはコロナ禍で外出が制限されていますが、普段ならほぼ毎日習い事か自宅のプールで泳いで放課後も充実してます。上の子は、英会話にもハマっていて近所のネイティブスピーカーの先生のお宅に一人でピンポンして小一時間のプライベートレッスンを受けたりしています。はじめは母親が勧めたグループレッスンでしたが、周りに英語のできるお友達も増えてやる気が出たようで、自分からプライベートレッスンにも行きたいと言い出しました。
下の子は、日本ではいつも母親の後ろに隠れて引っ込み思案の臆病者だったのに、子供好きのタイ人の間でちやほやされるようになって人前に出るのも恥ずかしくなくなったようです。幼稚園最後の発表会では、セリフありの準主役も堂々とこなしていました。
本当に、子どもたちは「根拠のない自信」を得て、どんどんと自分たちの可能性に挑戦ています。
さて、あれだけ不安がっていた妻ですが、いまでは駐妻友達もたくさんでき毎日充実しているようです。コロナ禍以前の話ですが、お友達数人でソンテウ(乗り合いの格安バス)をチャーターして現地人の市場へ買い出しツアーなんぞやるアクティブさを発揮しています。

まとめ

SUMMARY
海外生活3年目に入り、子どもたちはタイに居ることが特別なこととは感じていない様子。子供の順応性の高さに感心します。
この度の海外駐在生活というのは、家族全員の順応性に助けられました。
これから海外駐在に赴く皆さん。
こんなわたしから、アドバイスできることがあるとしたら次の2つです

  • 奥さんの不安にはできるだけ寄り添って、変に付け焼き刃の解決策を提示しないことです
  •  子どもたちは大丈夫。たくましく生きるためのサポートをしてあげてください
  •  海外駐在中は、家族が優勢。仕事はその次です

わたしの駐在生活は、ついに後半戦を迎えました。

コロナ禍で仕事以外は殆どやることが制限されている昨今ですが、まだまだ楽しんでやろうと思っています。

皆さんの駐在生活にも幸あらんことをお祈りします。

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Bun

Bun

悩める若手ビジネスパーソンの強い味方になります。 現在タイ駐在員で某上場企業の管理職です。 ちょっと先輩社員として皆さんの悩みにホンネで答えます。 サラリーマンとして年収1000を超えるまでにやってきたことを公開しています。

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